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札幌高等裁判所 昭和26年(う)935号 判決 1952年3月12日

控訴人 被告人 近藤盛一 外五名

弁護人 杉之原舜一

検察官 佐藤哲雄関与

主文

本件各控訴を棄却する。

被告人上里智治の国選弁護人に支給した費用は同被告人の負担とする。

理由

被告人六名及被告人六名の弁護人杉之原舜一の控訴趣意はそれぞれ同人等提出の控訴趣意書記載の通りであるから之を引用する。

同弁護人の控訴趣意一の(一)及被告人六名の控訴趣意中原判示第一に対する事実誤認の点について。

原判決挙示の各証拠を綜合すれば原判示第一の事実は之を認むるに十分であつて記録を精査するも原判決には何等事実の誤認と目すべき点がない。

又刑法第六十条に「二人以上共同して犯罪を実行し」というには必ずしも二人以上の者が犯罪の実行を謀議することを必要とするものではなく相互の間に犯意の連絡があれば足りるものと解するのが相当である。原判示第一に「被告人等六名はその場で意思相通じて共謀し」とあるのは被告人等六名に犯意の連絡があつたことを認め之を共謀と説示したものであることは明かであり本件が被告人等六名の共同行為であることの判示としては何等欠けるところがない。論旨はいづれも理由がない。

同弁護人の控訴趣意一の(二)と二の(一)及び被告人宮崎勇同大江利勝同加藤栄吉同浅石鉄男同近藤盛一の各控訴趣意中の各逮捕状が無効であるという点について。

刑事訴訟法第二百条第一項に逮捕状の記載要件として被疑者の氏名、住居、罪名其の他を挙げておるが同条第二項によつて準用している同法第六十四条第二項には「被告人の氏名が明らかでないときは人相体格其の他被告人を特定するに足る事項で被告人を指示することが出来る」同三項に「被告人の住居が明らかでないときは之を記載することを要しない」と規定していることよりすれば逮捕状に被疑者の氏名を記載するのは其執行を受ける者を特定する為のものであると解せられる。従つて記載氏名が戸籍上の氏名であることが最も望ましいことではあるけれども充分の特定性あるかぎりは戸籍上の氏名と一致しない通称の如きものでも右法条に言うところの氏名に含まれると解するのが相当である。之を本件について見るに所論の逮捕状には住居を留萌市旭町一丁目桜間方氏名を庸子こと石岡陽子当二十一年位と記載されており本件記録中の近藤盛一の戸籍抄本及原審第三回公判廷に於ける証人石岡又一郎同近藤庸子の各証言を綜合すれば石岡又一郎の長女石岡庸子(昭和五年一月六日生)は昭和二十五年十月十九日被告人近藤盛一と結婚して同人の戸籍に入籍しており既に石岡姓を失つていたが右逮捕状発布の当時(昭和二十六年四月一日)は夫盛一と共に留萌市大和田町大和田炭砿社宅の実父石岡又一郎方に寄寓していた事実を認めることができる。然らば右逮捕状記載の庸子こと石岡陽子当二十一年位とは当時被告人近藤盛一の妻となつていたところの旧姓石岡庸子を指称するものであることは明らかであるから同逮捕状の有効であることは勿論であつて之に基き近藤庸子を逮捕せんとした原判示巡査部長西村勇太郎外六名の警察職員の行為は適法な公務の執行行為であり之を妨害した被告人等六名の行為は公務執行妨害罪に該当することは疑ない。原判決には何等所論のような違法の点がない。論旨はいずれも理由がない。

同弁護人の控訴趣意一の(三)と被告人近藤盛一の控訴趣意中原判示第二の事実に対するものについて。

いづれも原判示第二は事実の誤認であるというにあるが原判決挙示の証拠を綜合すれば右事実は優に之を認めることが出来記録を精査するも原判決には何等事実の誤認と目すべきものがない。論旨はいづれも理由がない。

同弁護人の控訴趣意の二の(二)及び其補足追加並びに被告人大江利勝の控訴趣意二について。

原判決挙示の各証拠を綜合すれば原判示第三の各事実は之を認むるに十分であつて記録を精査するも原判決には何等事実の誤認と目すべき点がない。同被告人の此点に関する所論は原審の裁量に属する証拠の取捨と其価値判断を攻撃するものであるから採用出来ない。

次に原判決第三の(二)の前段の留萌市会議員選挙に立候補した近藤盛一に当選を得せしめる目的で大和田礦業所事務所に於て労務係長沼倉寛一に対し礦業所用地内に近藤候補の選挙ビラを貼ることを許諾されたいと交渉した行為は政治上の活動と解するのが相当であるから原判決は何等所論のように法律の解釈を誤つてはいない。同弁護人の所論は独自の見解であつて採用し難い。

被告人大江利勝は昭和二十六年十月三十一日附を以て内閣総理大臣より公職に関する就職禁止退職に関する勅令(昭和二十二年勅令第一号)に基く該当者としての指定を取消され其旨同年十二月二十日留萌市長より通達されたことは所論の通りであるが同令第四条の三第二項によれば右取消があつたときは当該指定は当該取消があつた日以後その効力を失うものであつて当該指定を最初より無効とするものではない。此点は同令第五条第二項の規定に照しても明かである。弁護人の所論は独自の見解であつて採用に値しない。然らば右指定の取消は何等被告人大江利勝の本件犯罪に消長を来すものではない。論旨はいづれも理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件各控訴を棄却し訴訟費用の負担については同法第百八十一条第一項を適用し主文通り判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 佐藤竹三郎 判事 岩崎善四郎)

弁護人杉之原舜一の控訴趣意

一、原判決は事実の誤認がありそれが判決に影響を及ぼすことが明かである。すなわち

(二) 原判決は被告人六名が「逮捕状の名前が庸子こと石岡陽子と書かれていた事に籍口し云々」といい、あたかも被告人等六名が故意に公務の執行を妨害したように認定しているけれども、本件逮捕状の如き氏名の記載をもつてしては近藤庸子に対する逮捕状としては不適法なものであり、かかる不適法な逮捕状に基く公務の執行は適法な公務の執行でないとの確信の下にこれが執行を拒否したことは被告人らの原審における各供述からも明かである。従つて仮りに本件公務の執行が適法であつても、被告人らにおいてはこれを妨害する故意ありということはできない。これに反する原判決の事実認定には誤りがある。故意なき公務執行妨害は処罰の対象になりえない。

二、原判決は法令の適用に誤りがあり、それが判決に影響を及ぼすことが明かである、すなわち

(一) 公務執行妨害罪が成立するにはその公務の執行が適法であることを要し、本件の公務執行が適法であるためには本件逮捕状が法的形式を具えておることが一つの要件である。逮捕状の法的形式の一つとして被逮捕者を特定するために氏名の記載が要求されているこというまでもない。

而もその氏名の記載は逮捕される人を厳密に特定するに足るものでなければならぬこと事の性質上当然でありその間いささかでも疑いをさしはさむものであつてはならぬ。

本件逮捕状記載の「庸子こと石岡陽子」という氏名の表示をもつてしては近藤庸子を特定するに足るものとは断じがたいところである。にもかかわらず原判決はかかる氏名の記載ある逮捕状を法的形式を具えたものと解しておるのは明かに法令の適用を誤るものである。

(その他の控訴趣意は省略する)

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